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東京地方裁判所 平成7年(ワ)16639号 判決

本訴原告(反訴被告)

吉田幸司

反訴原告(本訴被告)

斎藤秀一

本訴被告

松本運輸有限会社

主文

一  本訴被告斎藤秀一は、本訴原告に対し、金一一一万〇〇八五円及びこれに対する平成六年八月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴被告は、反訴原告に対し、金五四万二四二三円及びこれに対する平成六年八月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  本訴原告の本訴被告斎藤秀一に対するその余の請求及び本訴被告松本運輸有限会社に対する請求をいずれも棄却する。

四  反訴原告の反訴被告に対するその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、本訴反訴ともに、これを二分し、その一を本訴原告の負担とし、その余は本訴被告斎藤秀一の負担とする。

六  この判決は、第一項、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  本訴事件

1  本訴被告(以下、反訴原告・本訴被告斎藤秀一を「被告斎藤」といい、本訴被告松本運輸有限会社を「被告会社」という。)らは、各自、本訴原告(反訴被告。以下「原告」という。)に対し、一七七万六一三六円及びこれに対する平成六年八月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用の被告らの負担及び仮執行宣言

二  反訴事件

1  原告は、被告斎藤に対し、八六万七八七七円及びこれに対する平成六年八月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用の原告の負担及び仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、信号機による交通整理の行われていない左右の見通しの悪い交差点内において発生した交通事故により損傷した自動車の所有者が、互いに相手方車両の運転者(本訴事件、反訴事件)及びこの使用者(本訴事件)に対し損害賠償(物損)を請求した事案である。

二  争いのない事実

1  被告会社は、貨物自動車運送業等を目的とする会社であり、被告斎藤は、被告会社の従業員である。

2  本件交通事故(以下「本件事故」という。)の発生

事故の日時 平成六年八月二〇日午後一時五五分ころ

事故の場所 東京都太田区矢口二丁目一番先交差点路上(別紙現場見取図参照。以下、同図面を「別紙図面」といい、同交差点を「本件交差点」という。)

関係車両1 普通乗用自動車(足立三三む六八二。以下「原告車両」という。原告が運転。)

関係車両2 普通乗用自動車(大宮三三ひ三〇六四。以下「斎藤車両」という。被告斎藤が運転。)

事故の態様 原告車両が本件交差点内に進入したところ、右方の交差道路から同交差点内に進入した斎藤車両と衝突し、原告車両が横転した。事故の詳細については、当事者間に争いがある。

三  本件の争点

本件の争点は、〈1〉原告及び被告斎藤の過失割合(本件事故の態様)、〈2〉被告会社の責任、〈3〉原告及び被告斎藤の損害額である。

1  原告及び被告斎藤の過失割合(本件事故の態様)

(一) 原告の主張

原告は、時速約四〇キロメートルで本件交差点に至り、本件交差点手前で斎藤車両を発見したが、斎藤車両の進行方向に一時停止規制があることを知つていたため、同速度のまま、本件交差点内に進入した。

一方、被告斎藤は、本件交差点手前で一時停止せず、原告車両を上回る速度で本件交差点内に進入したため、本件事故が発生したものであるから、民法七〇九条に基づき、原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。

本件事故における原告と被告斎藤との過失割合は、二対八である。

(二) 被告斎藤の主張

被告斎藤は、本件交差点に進入するに際し、停止線の手前で一時停止し、進路前方のミラーで左右の安全を確認したうえ、時速一〇ないし一五キロメートルで本件交差点内に進入した。

一方、原告は、左右の安全を確認せず、斎藤車両を発見しながら、かえつてアクセルを踏んで加速し、時速六〇キロメートル以上の猛スピードで本件交差点内に進入したため、本件事故が発生したものであるから、民法七〇九条に基づき、被告斎藤に生じた損害を賠償すべき責任がある。

本件事故における原告と被告斎藤との過失割合は、八対二である。

2  被告会社の責任

(一) 原告の主張

被告斎藤は、被告会社の業務として、資材を運搬した帰りに本件事故を引き起こしたものであるうえ、被告会社は、被告斎藤が被告会社作業現場までの通勤に斎藤車両を使用するのを容認しており、被告斎藤の運転行為は、被告会社の事業の執行につき行われたものであるから、被告会社は、民法七一五条一項に基づき、原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。

なお、本件事故当時、本件交差点付近を通行中、事故に巻き込まれて死亡した訴外小野和夫(以下「訴外小野」という。)の葬儀において、被告会社は、葬儀費として一二〇万円を負担する等本件事故の責任を自認した行動に出ている。

(二) 被告会社の主張

被告会社は、本件事故のころ、東京都太田区内の作業現場において建物建築工事を行つており、神奈川県横浜市内の被告会社の営業所から右作業現場まで被告会社の車両に従業員らを乗せて往復していたものであるが、本件事故当日、被告斎藤は、たまたま私用のため、被告会社の車両に乗車できなかつたことから、自己所有の斎藤車両を運転していたものであり、被告斎藤は、昼過ぎに作業が終了して帰宅する途中、本件事故を引き起こしたものであるから、被告斎藤の運転行為が被告会社の事業の執行につき行われたものとはいえない。

3  損害額

(一) 原告の主張

(1) 車両代(全損) 二一八万〇〇〇〇円

(2) レツカー代 四万〇一七〇円

(3) 右合計額 二二二万〇一七〇円

原告は、本件において、右損害額の八割である一七七万六一三六円を請求する。

(二) 被告斎藤の主張

修理費(見積り) 一〇八万四八四七円

被告は、本件において、右損害額の八割である八六万七八七七円を請求する。

第三争点に対する判断

一  本件事故の態様等について

1  前記争いのない事実に、甲三、五ないし一五、乙一、三ないし一〇、原告本人、被告斎藤本人、弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 本件事故現場付近の状況は、概ね別紙現場見取図記載のとおりである。

本件交差点は、下丸子方面から第二京浜国道方面に向かう東西の区道(以下「甲道路」という。)と、環八通り方面から多摩川土手方面に向かう南北の区道(以下「乙道路」という。)とが交差する、信号機による交通整理の行われていない交差点である。

甲道路は、幅員八・〇メートルの片側一車線(各車線幅二・六メートル)の直線道路であり、両側に幅一・四メートルの路側帯が設けられめているほか、本件交差点の両側に幅四・〇メートルの横断歩道と、停止線(下丸子方面から第二京浜国道方面に向かい、横断歩道手前から二・一メートル、交差点手前からは六・一メートル。)が各設置されており、中央線、路側帯境界線及び停止線は、いずれも白色ペイントで表示されている。

乙道路は、幅員八・二メートルの片側一車線(各車線幅二・六メートル)の直線道路であり、両側に幅一・五メートルの路側帯が設けられ(西側の路側帯にはガードレールが設置されている。)、中央線と路側帯境界線は、白色ペイントで表示されている。

甲、乙道路の交通規制は、いずれも最高速度が三〇キロメートル毎時に制限されているほか、甲道路には一時停止規制がされている。

甲、乙道路の路面は、アスフアルトで舗装され、平坦であり、本件事故当時、乾燥していた。

甲、乙道路からの見通し状況は、いずれも前方約五〇メートル先の障害物が視認できるが、左右は民家等のため、見通しは不良である。

本件事故後、乙道路の路面には、長さ二・四メートルのタイヤ痕が一条印象されていたほか、長さ〇・一五メートルと長さ〇・二メートルの擦過痕が二か所に認められた。

(二) 被告斎藤は、本件事故当日、本件事故現場近くの被告会社の作業現場で午後一時三〇分ころまで作業した後、斎藤車両を運転し、神奈川県横浜市内にある被告会社の事業所に戻る際、帰り道が分からなくなつたため、同僚の訴外新家克(以下「新家」という。)を助手席に同乗させ、甲道路を下丸子方面から第二京浜国道方面に向かい、時速約三〇キロメートルで進行中、本件交差点に差し掛かり、別紙図面の〈1〉地点において一時停止して、進路前方の本件交差点付近の様子を見た際、同図面の〈A〉地点の路側帯上を右方に向かつて歩いている小野が見えたが、他に歩行者はなく、本件交差点前方右角に設置されていたカーブミラーにも左右から進行してくる車両はないようであつたため、発進して時速約二〇キロメートルで同図面の〈2〉地点に来たところ、同図面のイ地点に乙道路を左方から進行してくる原告車両に気づき、直ちに急ブレーキをかけるとともに、ハンドルを右に切つて避けようとしたが間に合わず、同図面の地点(被告斎藤は〈3〉地点)において、斎藤車両の前部が原告車両(原告車両は〈ウ〉地点)の右後部に衝突し、斎藤車両は同図面の〈4〉地点に停止した。

事故後、被告斎藤は、交差点内に車両を止めたままでは、交通の妨げになると思い、衝突地点から前進して斎藤車両を道路左端に寄せようとしたが、斎藤車両は、三、四メートル進んだところで動かなくなつた。

本件事故により、斎藤車両は前部バンパーが脱落したほか、ボンネツト、前部左右フエンダー、ラジエター等が損傷し、修理見積額は、一〇八万四八四七円であつた。

(三) 原告は、本件事故当時、引越しのため、東京都葛飾区内の当時の自宅と本件事故現場付近の新居(現住所)とを往復した後、再度右新居に行こうとして、原告車両を運転し、環八通り方面から多摩川土手方面に向かい、乙道路を時速約四〇キロメートルで進行中、本件交差点に差し掛かり、別紙図面の〈ア〉地点において、進路左前方の路側帯上の同図面の〈A〉'地点に原告車両と同方向に歩行中の小野を認めたが、乙道路上には他に歩行者ゆ進行中の車両はなく、また、本件交差点の乙道路左方の入口に一時停止標識があるのが見えたため、反対側の右方についても同様の標識があり、そうであれば、甲道路を進行する原告側が優先するものと考え、徐行せず、本件交差点内に進入しようとして、その直前になつて斎藤車両を発見したが、同車両は停止するものと思い、同速度のまま、本件交差点内に進入したところ、同図面の〈ウ〉地点において、斎藤車両と衝突した。

原告車両は、衝突後、車体右側を浮かせて左回りに回転しながら進行を続け、同図面の地点において(原告は〈エ〉地点付近)車体左側を下にして横転した際、小野と衝突し、その後、同図面の〈オ〉地点に車体前部を左側に向け、斜めに停止した。

小野は、同図面の〈C〉地点に頭部から出血した状態で仰向けに倒れていた。

本件事故により、原告車両は、左ボデイーの擦過凹損、右後部バンバー破損、後部ドア曲損等が生じ、修理見積額は三〇〇万円に近かつた。

原告は、本人尋問において、斎藤車両発見後、衝突までの間、ハンドルやアクセルを操作したことはなく、ブレーキをどこで踏んだという記憶もない、また、衝突後、原告車両がどのように回転したのかわからない、と述べている。

2  原告は、本件事故の衝突により、原告車両が右回りに約二七〇度回転していることからみても、斎藤車両の速度は相当出ており、本件交差点進入前、被告斎藤が一時停止をしなかつたか、仮に一時停止したとしても、その後、急発進したものであると主張する。

しかしながら、本件事故の衝突後、原告車両が車体右側を浮かせながら、一二・五メートル(別紙図面〈ウ〉、〈エ〉間)進行する間には、車体左側面を下にしつつ、右回りに二七〇度回転したとは考えにくく、原告車両は、前記認定のとおり、衝突後、左回りに回転したものと認められる(原告本人には、この点についての明確な記憶はなく、同供述を基礎とすることはできない。)。

他方、被告らは、原告車両の右横転状況等を根拠に、原告車両が高速度で進行していたと主張するもののようであるが、原告車両の衝突後、停止までの距離や本件事故現場付近の地理的状況等に照らし、直ちにそのように認めることはできない。

そして、被告斎藤が一時停止したことについて、同人は捜査段階から一貫して供述しており、他に前認定を覆すに足りる証拠はなく、一方、原告車両の速度についても、これを客観的に確定すべき明確な証拠はないが、これを時速約四〇キロメートルとする原告の供述内容に格別不自然ないし不合理な点も認められないから、概ね同速度程度であつたものと認められれる。

3  右の事実をもとにすれば、信号機による交通整理の行われていない左右の見通しの悪い交差点における出会い頭態様である本件事故において、被告は、本件交差点に進入するに際し、乙道路の一時停止線で停止したものの、同地点からでは、民家等のため、左方の安全確認が十分できないのであるから、右確認が可能な地点(別紙図面〈2〉地点付近)において再度確認すべき義務があり、右義務を尽くしていれば、本件事故を防止できたといえるから、被告斎藤には、この点に過失がある(なお、被告斎藤本人尋問中には、別紙図面〈2〉地点の手前で再度確認をしたとする部分があるが、被告斎藤は、捜査段階において同様の供述を全くしておらず、直ちに措信しがたい。)。

他方、原告としても、本件交差点に進入するに際し、甲道路側に徐行義務は免除されていないうえ、本件交差点は左右の見通しが困難なのであるから、徐行のうえ、左右の安全を確認しなければならないのに、甲道路が優先道路であるとの認識の下に、漫然制限速度を上回る速度で本件交差点に進入した点に過失がある。

4  そして、原告、被告斎藤双方の過失を対比すると、その割合を原告五〇、被告斎藤五〇とするのが相当である。

二  被告会社の責任について

1  前記一認定事実に、甲五、九、被告斎藤本人、弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

被告会社の従業員は、始業前、いつたん被告会社の事業所に集まり、被告会社のワゴン車と二トン車に分乗して作業現場に行つて作業を行い、終了後は、再び被告会社の車両に乗車して被告会社の事業所まで戻ることになつており、原則として、現場までの往復に自家用車を使用することは認められていなかつた。

被告斎藤は、本件事故当日、妻を病院に連れて行くため、被告会社の車両には同乗しないつもりでその旨被告会社に連絡し、斎藤車両を運転して作業現場に行き、作業終了後、被告会社の事業所に戻ろうとした際、帰り道が不案内であつたため、助手席に同僚の新家を同乗させて、帰社する途中、本件事故に遭つた。

2  右の事実によれば、被告斎藤のした運転は、私用行為というべきであり、右運転行為をもつて、被告会社の事業の執行につきなされたものとは認められず、他に原告主張の事実を認めるに足りる証拠はない。

3  すると、被告会社には、民法七一五条一項に基づく責任は生じないというべきである。

三  損害額

1  原告

(一) 車両代 二一八万〇〇〇〇円

甲四、原告本人、弁論の全趣旨によれば、原告車両は、原告が平成四年ころ、車体価格三二〇万円程度で購入したものであるが、本件事故により修理をした場合の修理費見積りは三〇〇万円に近く、新品同様のコストがかかるため、廃車としたが、本件事故当時の原告車両の市場価格は、二一八万〇〇〇〇円であつたから、原告の本件事故による損害額は、右金額と認められる。

(二) レツカー代 四万〇一七〇円

甲二の1、2により認められる。

(三) 右合計額 二二二万〇一七〇円

(四) 過失相殺

すると、前記一4記載の割合による過失相殺後の原告の損害額は、一一一万〇〇八五円となる。

2  被告斎藤

(一) 修理費 一〇八万四八四七円

乙二、被告斎藤本人、弁論の全趣旨によれば、本件事故により被告斎藤車両は、車体前部の損傷が激しいため、廃車としたが、修理費見積りは、一〇八万四八四七円であり、被告斎藤の本件事故による損害額は、右金額と認められる。

(二) 過失相殺

すると、前記一4記載の割合による過失相殺後の被告斎藤の損害額は、五四万二四二三円(一円未満切り捨て)となる。

四  以上によれば、原告の本訴請求は、被告斎藤につき一一一万〇〇八五円及びこれに対する本件事故の日である平成六年八月二〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、被告斎藤に対するその余の請求及び被告会社に対する請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、被告斎藤の反訴請求は、五四万二四二三円及びこれに対する本件事故の日である平成六年八月二〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を仮執行宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 河田泰常)

現場見取り図

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